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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1638号 判決

原告(被控訴人、附帯控訴人) 前田政広

被告(控訴人、附帯被控訴人) 高木証券株式会社

右代表者代表取締役 猪野重夫

右訴訟代理人弁護士 船内正一

被告補助参加人 興和信用組合

右代表者代表理事 三浦悟一

右訴訟代理人弁護士 吉田訓康

主文

原判決中被告敗訴部分を取消す。

原告の右請求部分を棄却する。

原告の附帯控訴を棄却する。

訴訟の総費用(補助参加及び附帯控訴により生じた部分を含む)は全部原告の負担とする。

事実

被告は、控訴につき、主文一、二項同旨及び「訴訟費用は一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求め、原告は、控訴につき「本件控訴を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被告の負担とする。」との判決を、附帯控訴につき「原判決を次のとおり変更する。被告は原告に対し、一五六万円及びこれに対する昭和(以下昭和を略す)四一年七月一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。被告は原告に対し、四一年七月一日以降同年九月一八日まで一ヶ月一二万円の割合による金員及び右各月の一二万円に対する当該月の翌月一日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は一、二審とも被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、本件建物はもと中岡の所有で、同人が被告に対し本件建物の一階部分を、三八年二月一日以降賃料一ヶ月一二万円、毎月二五日までに当月分の支払いを受ける約で賃貸していたこと、本件建物につき四一年九月一九日中岡から参加人に対して所有権移転の本登記がなされていること、及び、被告が四〇年六月一日以降四一年六月末日までの賃料合計一五六万円を参加人に支払ったことは当事者間に争いがない。そして、≪証拠省略≫によると、右支払は四一年六月二四日になされたことを認めることができる。

二、≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができ、この認定をくつがえすに足る証拠はない。

(一)  参加人は中岡との継続的取引に基づく債権を担保するため、本件建物につき、三六年四月二四日債権元本極度額五〇〇万円、遅延損害金日歩七銭なる根抵当権設定契約及び債務不履行のときは所有権を取得しうる旨の代物弁済予約をしたうえ、これを原因として同月二六日大阪法務局天王寺出張所受付一一、一六八号根抵当権設定登記及び一一、一六九号所有権移転請求権保全の仮登記をし、次いで同年六月一〇日債権元本極度額二〇〇万円、遅延損害金日歩七銭なる根抵当権設定契約及び代物弁済予約をなしたうえ、これを原因として同月二四日前記出張所受付一七、五三六号根抵当権設定登記及び一七、五三七号所有権移転請求権保全の仮登記をし、さらに同年八月二六日債権極度額二〇〇万円、遅延損害金日歩七銭なる根抵当権設定契約及び代物弁済予約をしたうえ、これを原因として同年九月二一日前記出張所受付二六、二八七号根抵当権設定登記及び二六、二八八号所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

参加人は中岡に対し一五九六万五〇〇〇円を貸付け、約旨どおりの返済を受けられなかったため、三八年二月二〇日中岡に到達した書面により、中岡に対する賃金債権の内金九〇〇万円の支払いに代えて本件建物の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をした。

(二)  その後、中岡は四一年四月二〇日本件建物を代金一〇〇万円で原告に売渡し、同年六月一五日には右代金全部の支払を受けるとともに、四〇年六月一日以降四一年六月末日までの本件建物一階部分の被告に対する賃料債権を原告に譲渡し、同月二八日頃被告に到達の書面で右債権譲渡の通知をした。

三、(一) 以上の事実によると、本件建物につき、参加人が三八年二月二〇日代物弁済の予約を完結して所有権を取得したが、右仮登記による所有権移転の本登記がなされないうちに、これが一階部分の賃借人である被告は参加人に対して四〇年六月一日から四一年六月末日迄の右賃料を同月二四日に支払い、中岡は四一年四月二〇日本件建物を売買により原告に譲渡するとともに、被告が参加人に支払済の右期間の賃料を原告に譲渡して、被告に対し四一年六月二八日右債権譲渡の通知をしたことになる。

(二) ≪証拠省略≫によると、参加人は中岡外一名を相手方として大阪地方裁判所に対し、代物弁済を原因とする右仮登記に基づく所有権移転の本登記と本件建物の明渡及び一二三一万余円の支払等を求める訴を提起し(三七年(ワ)四、九五七号)、右訴訟係属中の四一年三月二五日、右当事者間に「中岡は参加人に対し一二〇〇万円の支払義務を認め、四一年五月一〇日までに持参または送金して支払う。ただし中岡の指定する第三者が右金員を支払ったときは、参加人はその第三者に対し中岡に対して有する債権とともに本件建物に関する担保権(代物弁済予約による所有権移転請求権及び右仮登記上の権利を含む)を譲渡する。中岡が右期日までに前記金員を支払わないときは、中岡は参加人に対し本件建物につき前記各所有権移転請求権保全の仮登記に基づき、代物弁済を原因とする所有権移転の本登記をし、中岡占有部分を明渡す。参加人は中岡に対するその余の請求を放棄する。」旨の裁判上の和解が成立したが、右約定も履行されなかったため、参加人は右和解に基づき同年九月一九日、同年五月一〇日付代物弁済を原因として前記仮登記による本登記を受けたことが認められる。

しかし、右認定の和解成立の経過、和解条項を検討すると、右和解はさきになされた代物弁済予約完結を無効とするものではなく、代物弁済により参加人が本件建物の所有権を取得していることを前提として、参加人、中岡間の債権債務の清算を行ない過不足のないことを確定するとともに、四一年五月一〇日までは中岡または同人の指定する第三者に、一二〇〇万円を参加人に支払うことにより本件建物の所有権を取戻しうるとしたにすぎないものと解されるから、右和解の存在は参加人の前記予約完結権の行使による所有権の取得を左右するものではない(なお、和解が訴の取下により結局成立しなかったとの原告の主張が理由のないことは、原判決が説示するとおりである)。

(三) また、参加人、中岡間の代物弁済の予約は、その契約内容からみて、債権担保契約としての性格をもち、清算義務をともなうものと解されるが、右清算型担保権としての本件代物弁済予約がいわゆる帰属清算型、処分清算型のいずれであるとしても、債務不履行があれば債権者が予約を完結して目的物の所有権を取得することができることに変わりはないから、前記認定の三八年二月二〇日参加人が本件建物の所有権を取得したものというべきである。

四、原告は、四〇年六月一日以降四一年六月末日までの本件建物一階部分の賃料債権を中岡から譲受けたと主張する。

(イ)  賃借人に引渡済の建物の譲受人は、建物の所有権とともに賃貸人の地位も承継することは借家法一条一項の規定上から明らかである。所有権移転登記がなく、譲受人の所有権を賃借人に対抗できないときは、賃借人が建物譲受人の所有権取得を認めない限り賃貸借関係も承継しないものと解すべきであるが、所有権移転登記がなされるかまたは賃借人が登記の欠缺に拘らず所有権の移転を承認したときは、建物の賃貸借は譲受人と賃借人の関係となり、その後に生ずる賃料については、賃借人が賃貸人の地位を承継した建物の譲受人に対して支払の義務を負担するに至るものというべきである。

そして、参加人が三八年二月二〇日予約を完結して本件建物の所有権を取得したこと、及び、これが一階部分の賃借人である被告は原告が譲受けたと主張する期間の賃料を四一年六月二四日に支払ったことは前記のとおりである。とすれば、被告は、おそくとも右支払のときに参加人の本件建物の所有権の取得を承認したものというべく、同日以降は参加人が中岡の賃貸人の地位を承継して、参加人と被告との間に賃貸借関係が存在することになったものといわなければならない。従って同日以降の賃料については、参加人に対する支払により被告の債務は消滅したものというべきである。

(ロ)  そうすると同日前においては中岡と被告との間に右賃貸借関係が存在したのでその内の賃料債権が中岡に帰属していたこととなる。ところで上来認定の事実に、≪証拠省略≫によれば、被告は、参加人が本件建物につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由しており、予約完結の意思表示をした旨の関係書類を示され、参加人が賃料債権を有するものと信じて、四〇年六月一日以降四一年六月末日までの賃料を参加人に支払ったことが推認しうるのである。右事実に、被告に対し参加人、中岡間の法律関係につき正確な判断を求めるのは難きを強いるものであること、中岡から被告に対する原告への賃料債権譲渡の通知は、被告の右賃料支払後の四一年六月二八日になされていること等を考慮すると、被告が参加人を賃料債権者と考えたのは無理からぬところで、このように信じたことに過失はない。したがって、被告が参加人に賃料を支払ったことは、債権の準占有者に対してなした善意無過失の弁済として有効というべきである。

(ハ)  しからば、原告が譲受けたという賃料債権は、債権譲渡通知の以前にすべて弁済により消滅していたものというべく、これが支払を求める原告の請求は失当である。

五、原告は、参加人は民法五七五条所定の本件建物の引渡を受けていないから、その引受を受けている原告に対し、賃料収取権の取得を対抗できないと主張する。

しかし、同条は直接の売買当事者間、これを本件に則していえば、中岡と参加人間、又は、中岡と原告間の法律関係の簡明と衡平をはかるものであって、二重譲受人の立場にある原告と参加人間の優劣を律するものではないから、本件建物の引渡を受けたかどうかは本件建物の賃料収取権の帰属になんら影響を及ぼすものではない。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告は本件建物につき所有権取得の登記を経ていないのであるから、民法一七七条によりいわゆる第三者にあたる賃借人の被告に対し、中岡との前記売買による所有権取得を対抗し得なく、従って賃貸人としての地位を承継していないわけである。されば、賃貸人であることを前提として被告に対し四一年七月一日以降同年九月一八日までの賃料支払を求める原告の請求も失当というほかはない。

六、以上の理由により、原告の本訴請求はすべて理由がないから、これを一部認容した原判決はその限度においてこれを取消し、原告の請求を棄却すべく、被告の附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 黒川正昭 金田育三)

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